作品は2点展示されており、こちらは「幽明」。ヒガンバナにジャコウアゲハが集っています。
金工の技法による着色の黒と赤の色の対比もさることながら、こうした生態をふまえつつ、さらにアゲハチョウが毒を持つジャコウアゲハであることで同じく球根に毒のある彼岸花と共通性を持たせているところなど手が込んでいます。

明治〜昭和の初めにかけて輸出工芸品として自在置物を多数製作した高瀬好山の作品にも「十二種昆虫」の中に赤銅を着色したクロアゲハ(上の写真)、また銅を同じく伝統の技法で赤く着色して椿の花をリアルに再現した作品もあることから、そうした過去の作品へのオマージュと感じられるところもあります。

もう一点は標本壜にガガンボがとまる「円寂」。
死体である標本を入れるための容器と儚げな姿のガガンボの対比。
「幽明」とは対照的に一体の虫だけですが、非常に繊細な脚も当然のことながら可動になっており自在置物としての存在感を示しています。

(本ブログ内の展覧会の写真はクリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本 ライセンスでライセンスされています)
解説でも触れられていますが、生と死について考えさせるような展示であることが一見してわかります。刀装具などにも見られるような昆虫モチーフはもともと武士の死生観を反映したものであることも意識させられます。
江戸期の自在置物は平和な時代の到来による甲冑の需要の減少を背景に大名家などへの贈り物として発達したといわれています。明珍派は鉄打出しの技術で武具、馬具から火箸、花瓶その他まで多岐にわたって製作しており、恐らく自在置物も優雅な手すさびの類ではなく甲冑師が何とかして生き残っていくためにその技術を注ぎ込んだのではないかと思います。明治に入り武士の時代が終焉を迎えると甲冑師は職を失いますが、自在置物は高瀬好山により輸出工芸品として活路を見出しその技術は間接的に受け継がれて行きます。第二次大戦により再びその技術は途絶えかけ、ほとんどその存在も忘れられていたところから今また現代美術として甦ったという変転の歴史も非常に興味深いところです。時代の変化により工芸品としての立場が変わりつつも継承されていった製作技術自体にも、姿を変えて生まれ変わる昆虫や、環境の変化に適応して生き残る道を探っていく生命のイメージが奇しくも重なります。
高瀬好山の自在置物「鯉」を取り上げたTV番組の中で冨木宗行氏(好山工房で自在置物を制作してきた冨木家の当主、東京国立博物館所蔵の銀製伊勢海老も氏の手による)が「自在置物は作ったものではあるが、作ったのではなく『生まれる』という感じを感じられなければ面白みがない」と語っていましたが、そのような作り手の意識もまた受け継がれてきたものなのではないかと思います。
江戸時代において鉄製としては他に類を見ないほどの写実性を獲得した自在置物は、明治期に高瀬好山により輸出工芸品としての道を歩み出したときには色金を多用し色までも実物に近づけていきました。さらに現代では極限まで写実性が追求されていることも単なる技巧への傾倒ではなくそうした意識の表れでもあり、確たる用途を持たず近年まで名称すら無く工芸史上の位置付けも定かでなかったこの異色の工芸品が時代の変化による危機を乗り越えることを可能にした要因だと感じます。
前述の冨木宗行氏にお会いする機会があり、そのとき伺った話によると高瀬好山も初期は苦しい時代があったそうです。自在置物を工房で量産し成功を収めた好山ですが、やはりそれなりの苦労があったことが偲ばれます。近年神坂雪佳図案、高瀬好山制作の作品「花車」が京都国立近代美術館の所蔵になり公開もされましたが、漆芸、陶芸、染織家らも制作に参加したこの作品は宗行氏によると宮内庁に納められたさらに大きな作品の縮小版であるとのことで、当時の京都の工芸界での好山の影響力を感じさせます。またローマ法王に献上された自在置物の作品もあったそうで、おそらく1942年にバチカンと国交樹立したときに贈られたものと思われます。すでに好山は没しており戦時中でもありましたが、まだ献上品にするような作品を作る余力があったことや、このような形で自在置物が歴史に関わっていたのも興味深いことです。
高瀬好山の工房による制作の他にも明治26年のシカゴ万国博覧会には板尾新次郎が自在置物を出品しており、自在置物を鍛金科に取り入れようとしていた岡倉天心は東京美術学校の教師として彼を招こうとしました。残念ながらそれは実現しませんでしたが、岡倉天心もまた継承されるべき技術として自在置物を見ていたことは注目すべきでしょう。
ともすれば動く面白さ、リアルさだけに目が行きがちな自在置物の、その特性を生と死を感じさせるものとして捉え、さらにモチーフにした生物の実際の生態や、人間との関わりの中で生まれたイメージをも含ませることにより重層的に多様な意味を込めた表現ができるということをこれまで以上に強く感じる展示でした。自在置物という工芸の辿った歴史を知ることでその表現にさらに深みを感じることができると思います。海外に流出した作品が多く国内で目にする機会が増えたのはごく最近のことなのでその歴史にまで思い至る人はまだ少数かもしれませんが、現代に新たな形で示された自在置物をそうした視点からも見る人が増えていくことを願っています。今回の六本木クロッシング展のテーマは非常に多くの要素を含んでいますが、そのテーマと重なる部分をより感じとることにも繋がると思います。
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